【新しい錆染め】多様性としての滲み

創作「テキスタイル」

実験的クリエイションの中から、新しい表現ができました。

前回の、シルク&真鍮テキスタイル(八十八)からのさらなる展開です。

新しい錆染め

錆染めの滲み

今回やるのは、織り込んだ金属(真鍮)を化学反応させてみること。

(このテキスタイルは、タテにシルクリボン・ヨコに真鍮リボンで構成されている。)

以前学生のときに、色を染み込ませた糸を縫い込んで滲ませる技法を開発した。

今回はその応用で、金属のサビを滲ませてみようというワケだ。

既存の錆染めは、錆びさせた金属板に布を付着させて転写するように染めるが、それとは全く別。

織り込んだ真鍮リボンから、シルクに錆びを付着させるという発想である。

実験的クリエイション1回目

新しい錆染め1

最初は手探りで、全体的に酸化を促してみる。

蟻酸をスプレー、を繰り返し1日放置すると、少しずつ緑青が滲み出てきた。

乾いたらスプレー、をまた繰り返し続けると、より良い表情が産まれ出した。

酸化しすぎると、濁った茶が出てくることを発見。

もう少し緑青の色を出したいと思い、ここで塩化アンモニウムを投じる。

また1日様子を見る。

実験的クリエイション2回目

新しい錆染め2
錆染めリボン

繰り返し薬品をスプレーすること数日、

緑青の青に酸化の茶っぽい色が滲み出て、表情に深みが出てきた。

これもかなりいい感じだけど、僕の欲求は納得するところまでいく!

まだまだ試行錯GO

もう少し固まって滲み出た部分が欲しいところ。

実験的クリエイション3回目

新しい錆染め3

自分の感性が良いと言うまで。

濃い部分ができて、ようやく納得する表情ができた!

2週間、手探りから始めて少しずつ良い感じに導いてきた。

こういうテキスタイルが作りたいよりも、

僕は新しい方に、感性の赴くままに猛ダッシュするのである。

その結果がどうであれ。

多様性としての滲み

作る前にはある程度の構想はある。

あるにはあるがそんなもの、創っている時には忘れるぐらいに無我夢中なものである。

今回は特に実験的な要素が強く、制作意図は後付けで。

”滲み”というものは、多様性を考える上でとても重要であると僕は思う。

書道や水墨画でもそうだが、意図しない部分を面白いと思えるナニカである。

もっと言えば、「不完全さ」を楽しむ侘びの精神である。

人の認識は区分すること(パターン)で理解するワケだが、そこに多様性の本質はない。

意識に多様性を許容する余白はないように思える。

もっと無意識的な、意図しないことから認識を捉えてみること。

シルクリボンと真鍮リボンをよれずにキレイに織る緻密さと、(意識)

感性の赴くままに錆を求める滲みのクリエイション(無意識)

この構造の上にできたこの表現そのものが多様的であるだろう。

真に他人を理解などできるはずがない。人は根本的にアホなのだ。

それをどういうカタチで理解できるかは、滲みいるということだ。

そして、それを可能にするために、いかに”時間”という概念を取っ払えるかがカギとなる。

時間は過去から未来への1方向であるが、それが人の意識を過剰に反応させる。

たとえば、バックグラウンドの優劣・歴史があるとか・技術があるとか。

僕が表現する錆は、時間の経過とかモノの本質などの意味を含んでいるのではなく、

ただ、良いようにやったら美しいモノが現れたということ、だけだ。

何かに惹かれるというのは、それを意識する以前に、滲み出てたものに惹かれている。

お互いの滲みがオーバーラップすることで、現れるモノ

そこに蠢いいるモノを想像することが、全ての始まりなんだろうと思っている。

余談|頭の後ろに飾ってみる

錆染めの滲み、多様性

良いのができたので、飾ってみた。

テキスタイルの緑青と、置物の緑青

銅の緑青

この間には、きっと滲みがあるはずだ。

SHOCKMAN