誇張しすぎた丹後ちりめんとは、、、、
SHOCKMAN-BASEの2023年新作textile
髪の毛の1/3ほどの20中生糸に八丁撚糸機で3170/mの強い撚りを入れ、
その糸をタテヨコに用いた粗目の平織り。
・SILK100%
・W75〜100cm(縮率によって違います。)
シルクの持つ素材特性を活かし、究極的に探求をした力技なtextileです。
なぜ誇張させたのか???の意図を含め、創作に至るまでをここに記します。
なるべく簡潔に、5000字ほどにまとめています。
超絶技巧や染織工芸・伝統のコンテクストに興味ある方はぜひ最後まで読んで下さい。
丹後ちりめんとは?
丹後ちりめんとは、京都北部・丹後地方で作られる縮緬のことを言います。
そもそも縮緬とは、タテ糸に無撚の生糸・ヨコ糸に強撚糸を用いた織物です。
S撚り(右)とZ撚り(左)の強撚糸を交互に打つことによって、精錬後”シボ”と呼ばれる凹凸のあるテクスチャーが生まれます。
たとえば撚り方向が同じ(右か左)であれば、楊柳と呼ばれるプリーツのようなシワのテクスチャーが生まれます。
つまり撚糸は、織物の表情を作る上で非常に重要な役割を果たしているのです。
詳しく撚糸について見ていきます。
シルクと撚糸
端的に言えばシルク糸は、撚糸との相性が抜群に良い!のです。
これはシルク繊維の構造に理があるからです。
シルク繊維はセリシンとフィブロイン、この二層のタンパク質組成でできています。
撚糸で大切になるのは、撚った後に撚り戻りしないようにしっかり固定させることです。
ここが甘いと、キレイなものを織ることができません。
そしてこの固定させる役割を果たすのが、シルクの表層であるセリシンなのです。
丹後地方では、八丁撚糸機と呼ばれる湿式の撚糸機を用いますが、これはシルク糸を一度煮てセリシンを柔らかくした状態のまま撚りをかけることを可能にします。
その後乾燥させれば、セリシンが固まり撚りも止まるという仕組みになっています。
つまり、セリシンは糊の役割になっているということです。
他の繊維であれば撚った後、真空セットしたり、糊付けをしたりと他の手間がかかってきます。
この仕組みは効率性だけではなく精神面で非常に重要です。
天然繊維と向き合うことは、素材を活かすことを探究していく行為であり、
アンコントローラブルな自然とどう向き合ってきたか、人間の歴史に繋がる壮大な話なのだと思うのです。
縮緬と歴史
縮緬が日本で織られるようになったのは、1573年ごろです。
絹織物全般、中国(明)から泉州境港に入り、秀吉の時代に西陣で栄えていきます。
室町時代になると明から木綿も入ってくるようになりましたが、輸入品であるため高価でした。
衣服の素材はもっぱら、シルクと麻です。
このどちらにも言えることは、皺になりやすい素材であるということ。
縮緬は強撚糸の戻りを利用した凹凸のある布であり、見方を変えれば先に皺を作っているとも言えます。
特に床に座る文化であった日本の生活を考えれば相性が良く、また程よい光沢もある縮緬は重宝されたのではないかと思われます。
また、湿度の高い日本の風土においては、肌に面する布がサラッとしていることはものすごく気持ちが良かったのだと思います。
強撚糸を用いたシルクのテキスタイルは、日本の土地や文化の中で育まれていき、
江戸時代には撚糸機の自動化により全国に浸透していきます。
今では様々なテキスタイルがある中での一つのバリエーションという位置付けにありますが、当時は必然的に生まれてきたプロダクトなのであります。
必然性を高めていったこのプロセスは、自然と向き合ってきた歴史に他なりません。
丹後ちりめんと自然
丹後ちりめんは、1720年西陣から戻った佐平治、
またその2年後戻った小右衛門・左兵衛の3人の尽力によって丹後一円に広がりました。
それから現在に至る丹後ちりめんの地位を確立した要因は、自然の立地にこそあります。
京都府の中でも、海に面している丹後地方は気候風土が特徴的です。
「うらしに」と呼ばれる西北風は、晴れてるかと思うと雨が降ってくる現象をもたらすのです。
快晴の日が少なく、いつもどんより曇り空なのが丹後あるある天候であるし、
思った以上に雪が積もるのも丹後です。京都市内とは大違いです。
しかしながら、これらの気候条件がシルク織物に欠かせない湿度をもたらしてくれるのです。
特に細い糸は敏感に反応をするもので、乾燥してしまうとタテ糸切れを起こしたり、八丁撚糸でうまく撚れなかったりし、キレイに織ることができなくなってしまいます。
逆に湿度が高すぎる場合は、強撚糸のより戻りが起きやすく織りにくい原因となるので、気候条件は毎日を左右するものでもあるのです。
また、水質も丹後ちりめんにとって重要な要素です。
強撚糸を作る八丁撚糸機は、シルク糸を湿らせることによって糸が伸び易くなり、高いクオリティを保った撚糸を可能にします。
織った後の「精錬」でも大量の水を必要とします。
精錬は、シルク繊維の表層であるセリシンを取り除く工程のことを言います。
このセリシンが撚りを止める糊の役割を果たしているとは冒頭述べましたが、
この工程でムラなく取り除かれることで、キレイなシボを上げることができるのです。
そのためには、不純物の少ない軟水が不可欠であり、豊富な水に恵まれたこの土地あっての仕事だと言えます。
このように織物にとって湿度と水質は、非常に重要な条件なのです。
人からするとカラッと晴れた日が続いてほしいとしか思いませんけど。。。
誇張しすぎた丹後ちりめん
さて、ザッと丹後ちりめんについて書いてきましたが、ここからが本題です。
「なぜ誇張させすぎたのか?」について。
制作背景
僕は、織人(textile creator)として素材という面からtextileを開発するだけではなく、精神という面からtextileを捉える試みをしている者(textile explorer)です。
こう考えるのは、textileという質料が人間の歩みに切っても切り離せない存在である事実にあります。
僕らがいつ生まれてきたかを知らないように、いつ布を纏ってきたかも知りません。
いつからか当たり前と化した最も身近な”モノ”について考えることは、自分自身を考えることに同義的であるのです。
僕はそこに何かになる素材としての布、ではない可能性を感じています。
精神の面から染織工芸を真剣に考えていくと、既存の技法を丁寧に展開していくことはもちろんのこと、既存の技法をそもそも疑っていく姿勢こそ大切であることに気付かされます。
それは先人たちの残した技術を反復するのことの意義は、ただ同じことを繰り返すことにあるのではなくて、そこに生じている微妙な差異を発見することにあるのではないかということです。
あなたではなく”わたし”だから発見できる、そこに代替不可能な”今”のtextileがあるはずです。
現代の過剰性
SNSの普及した現代は、情報の流動性が高い故に再生数を稼ぐためのわかりやすい過剰表現が乱立しています。
迷惑系ユーチューバーや、釣りサムネ、コタツ記事など、様々な媒体に同じような現象が見られます。
地下芸人であったザコシショウが誇張しすぎたシリーズでブレイクしたモノマネもまた、時代を象徴しているように思います。
流動性が高くなれば過剰になっていくことは工芸も同様で、当時の媒体物としての立ち位置を考えれば当然の話です。
縮緬において言えば、その過剰性は友禅染めに現れます。
凹凸あるテクスチャーが、滲みの奥深さを表現するのにうってつけだったわけです。
これらの過剰性はあるものに対する装飾的過剰性だと言えますが、
現在も進んでいる技術革新はもっと根本的な構造そのものに影響を与えていることに目を向ける必要があると僕は考えます。
生成AI・メタバースなどのテクノロジー発展により、これから益々バーチャル空間への依存は高くなっていきます。
今すでに、僕たちはスマホと切っても切り離せない関係にあることを考えれば、知らず知らずの内にそれらもまた当たり前になっていくはずです。
着実にリアルとバーチャルの世界構造が変わってきており、大きな変革の渦中にあるのが現代なのだとすれば、僕たち自身や身の周りの当たり前であるコト・モノに対して根本的に考え直すタイミングであるように思うのです。
私たちに最も身近なモノ、それは自身を纏っているtextileに他なりません。
構造の過剰性
現代のtextileを創り上げていくことこそ、織人の本文であると考えています。
そこで大切だと思うことは、伝統に寄りかかりすぎないことです。
巷ではよく伝統を守ることを美徳とした工芸が語られていますが、ミクロで見れば切断と接続、その反復によって構築されてきたものが伝統であるはずです。
今の精神と先人の技術に摩擦が生じるからこそ、思わぬ道が拓けていく。
先人にあぐらをかいて同じことを引き継いでいくだけであれば、先には衰退しかありません。
しかし各産地の現状を正確に見れば分かる通り、規定の枠組みを疑ってかかる人はかなり少数です。
僕自身は、伝統とされてきた技術を反復する中で得る新たな”発見”と自分だけの確信を求めています。
だからこそ、自明的と思われている技術を丁寧に疑っていくのです。
基礎をおろそかにする人間には決して得ることのない切断と接続の跡を探していくのです。
今作は、そのような過程を経て現代の過剰性に呼応し、丹後ちりめんを誇張しすぎたカタチとして再構築するに至ります。
今までヨコ糸にしか用いてこなかった強撚糸をタテにも使う。そして、スリップしないギリギリの粗い密度で織り上げる。
構造の過剰性は、布という素材の存在を問うものです。
過剰な縮みによって、縮緬から小袖・着物・風呂敷などへの帰結をズラす試みは、
機能性を損なうことによってはじめて、当たり前に扱ってきた布の存在を浮かび上がらせるのです。
それは僕たちが死を意識してはじめて、生について直面していくことと同様です。
誇張しすぎた丹後ちりめん
縮緬では、タテ糸に無撚の生糸・ヨコ糸に強撚糸を用います。
今作は、タテ糸・ヨコ糸共に極細(20中)の強撚糸を用いて、粗い密度の平織りという構造ですが、
タテ糸に強撚糸を用いることは織り準備工程の難易度が極めて高くなるため、市場に出回ることはありません。
つまり、最大の挑戦はここにあります。
技術発展に伴い、後加工や染めによるいい感じの表情を作ることは割と安易にできるようになった時代でありますが、そんな中で天然繊維と向き合うことの意義を僕は常々考えているのです。
伝統(技)は、素材を活かしきるために先人が試行錯誤してきた結果の凝縮です。
このギュッと縮められた中を探っていく、その過程が即ち向き合うということだろうと思います。
たとえば、シルクと撚糸の親和性が高いことを身体性をもって理解していくからこそ、自分だけの発見があるわけです。
ただしそれらの発見は通常の作業の中にはなく、普通に織れないものにぶつかった時にしか得られないものと思います。
実際、織りはじめて1cm進まない内にタテ糸が切れるのが続きました。
その度に原因を考え織機調整をしては、糸を入れて織り進めます。トライアンドエラーの繰り返しです。
織機と向き合い、糸と向き合う、そのような工程は先人との対話を生みます。
手探りでモノづくりをする苦行は、昔も今も変わらないのではないか。
その苦行の先に今があって、その今も未来の人からすれば先人のひとり。
誰かわからないけど同じように模索してきた人がいたと確信する瞬間があり、また誰かにそう思われるであろうと直感する瞬間があったのです。
この無名性の繋がりについて考えることは非常に重要です。
尽力したであろう人を考える・または考えられることを考える視点があるから、負けられない!と思うし、妥協できない!と思うわけです。
この意識が職人になくてはならないと僕は思い続けていますし、真剣にモノづくりと向き合うからこそ見えてくる対話であると感じているのです。
伝統というものは地を這ってきた文脈なのであり、その中に入り対話をしていくことが何より大切です。
多くの人は記号として勝手の良い「伝統」を使いたがりますが、ほとんどそれが持っている固有性には目を向けていないのです。
僕は紆余曲折な苦行の内側、ある人の発見やある人の鍛錬、そのような連続性を直感しており、今が自分のターンにあることを自覚しています。
なので、文脈の直感を背景に今を生きる僕の格闘を接続してこそ、意義があるように思うのです。
そこに誇張させすぎたの答えがあります。